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名古屋高等裁判所 昭和53年(ネ)178号 判決

控訴人

破産者不二商事株式会社破産管財人

安木健

右訴訟代理人

松田道夫

外三名

被控訴人

株式会社南組

右代表者

南儀成

右訴訟代理人

林光佑

主文

原判決を左記のとおり変更する。控訴人の本訴請求および被控訴人の反訴請求を、いずれも棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴とも第一・二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人の本訴請求について

本件につき更に審究した結果、当裁判所も原審と同じく、控訴人の本訴請求は、権利の濫用として許されないものと判断する。その理由は、原判決が理由(第一)として詳細に説示するところと同じであるから、これをすべて引用する(ただし、〈加除、訂正・省略〉)

控訴人は本訴請求がその権利を濫用するものでない事由を当審においてるる陳弁し、とりわけ被控訴人は鷹野と極めて親密な関係にあり、本件機械の購入時に、鷹野に対する販売業者のため所有権が未だ留保された状態であることを知つていたことを強調する。しかし、たとえこの点が控訴人主張のとおりであつたとしても、被控訴人が、みずからは鷹野に対する購入代金を完済しても、同人による控訴人に対する購入代金の支払がなされない以上は本件機械の所有権を取得しえないことを諒承していたなど、特別の事情が認められない本件においては、被控訴人としては本件機械の所有権を取得することができるものと考えるのが取引当事者の通常の意思に合致する所以であり、控訴人としてもそのような結果となることを容認していたものというべきである。したがつて、少なくとも被控訴人の鷹野に対する購入代金が完済された時点以降においては、控訴人が鷹野に対する留保所有権を主張して被控訴人に対し本件機械の引渡しを請求することは、被控訴人に不測の損害を蒙らせるものといわざるをえないから、衡平の見地から許容しえないものというべく、これが権利の濫用にあたるとする原審の判断は、正当であつて、なんら変更する要をみないのである。

よつて、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は、その限りで正当である。

二被控訴人の反訴請求について

本件仮処分が執行されるまでの経緯は、原判決の二二丁表冒頭から、同丁裏九行目までに説示されているとおりであるから、これを引用する。なお、〈証拠〉によれば、本件仮処分の異議訴訟において、昭和五三年三月二三日、「本件仮処分決定を取消し、控訴人の仮処分申請を却下する。」旨の判決が言渡されたことも認められる。

ところで、仮処分決定が当初から不当であるとして取消された場合において、右決定を得、または、その執行の申立をした仮処分申請人が、この点について故意ないし過失があつたときは、申請人は民法七〇九条により被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分決定が異議手続において取消され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、申請人において故意ないし過失があつたものと推定するのが相当である。しかしながら、申請人においてその挙に出るについて相当な事由があつた場合には、右取消しの一事によつて、直ちに申立人に故意ないし過失があるものと断ずることはできないのである(最高裁昭和四三年(オ)第二六〇号同四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四二八頁参照)。

これを本件についてみると、既述のとおり控訴人と鷹野との間の本件機械売買契約において、当初から控訴人のための所有権留保特約が付されていた以上、従来の法理からいえば、控訴人がその所有権に基づいて、本件機械を占有する被控訴人に対し引渡しの請求をなしうることはもとより当然のことである(当時被控訴人の鷹野に対する売買代金が完済されるに至つていなかつた点を考慮すると、尚一層しかりである。)。したがつて控訴人は、本件仮処分の申請にあたり、被保全請求権の存在自体を偽つたわけでは決してない。そして、右請求権の行使が衡平の見地から許されないというごとき結論は、必ずしも一義的に自明のことではないのである。もつとも、サブデイーラーから自動車を買受け代金を完済して引渡を受けたユーザーに対し、デイーラーがサブデイーラーとの間の売買契約に付した所有権留保特約に基づきその自動車の引渡しを請求することが権利の濫用になるとする最高裁第二小法廷の判決例は、つとに本件仮処分申請の前、昭和五〇年二月二八日に言渡されていたのであるが(昭和四九年(オ)第一〇一〇号・民集二九巻二号一九三頁)、これは、ユーザーが一般消費者である自動車販売に関するものであり、かつ、買受代金を完済している場合であつて、本件とは事情を異にする。それゆえ、右の判決例の採つた帰結が、本件のごとく専門業者をユーザーとする建設機械販売の事案であつて、しかも売買代金の完済に至らないもの(右完済は、前認定により明らかなように、前記例処分取消判決の言渡後である。)にも適用されるか否かの判断は、かなり複雑な法律状態の判断といえるのであつて、本件仮処分の申請あるいは執行申立時の控訴人にこれを求めることは、難きを強いるものであると考える。したがつて、本件仮処分の申請・執行申立につき、控訴人に故意ないし過失があつたという被控訴人主張は、にわかに採用することができない。

なお、被控訴人が本件契約書・報告書を疎明資料として仮処分裁判所に提出したことが違法であるとも主張している。しかしながら、本件契約書が仮に鷹野の意思に基づくことなく作成されたとしても、そこに記載されているところは、まさに控訴人と鷹野との間でなされた契約内容と符合しているのであるから、右書面自体は仮処分裁判所の実体判断を誤らせる虞れのあるものではないことは明らかである。また、本件報告書は、控訴人の従業員河本照明が作成したのであるが、他の二台の建設機械と並べて、本件機械の保全の必要性が、あくまで作成者の推測もしくは意見として述べられていると見る余地もあり、前叙のように、本件被保全権利の判断につき申請人たる控訴人にその正鵠な判断を求めることが難きを強いるものと認められる以上、疎明として右各書面を使用したからといつて、直ちに控訴人に不法に仮処分命令を取得しようとする底意があつたものとまでいうことができず、また、当時割賦払代金の大半の支払を受けていなかつた控訴人としては、本件機械をそのユーザーから仮処分の方法により回収しようとすることに無理からぬ事情が存したものというべきである。

そうであるとすると、控訴人の不法行為責任を追及する被控訴人の反訴請求は、その余の点を論ずるまでもなく、理由がない。これを一部認容した原判決は、その限りで失当である。

三以上のとおり、控訴人の本訴請求および被控訴人の反訴請求は、いずれもこれを棄却すべきものであるから、原判決をこの趣旨に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条・九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(村上悦雄 吉田宏 春日民雄)

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